Focus On
小林亮太
一般社団法人IXSIA  
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or偉大な功績を残した人物は、その光の部分について語られることの方が多い。しかし、真実の姿はどうだろうか?一人の人間として誰よりも悩み、苦しみ、それを本気で乗り越えようとしたからこそ、生み出せたものがあるのではないだろうか?
ソフトバンクアカデミア、孫正義社長のもとで学び、一年後に起業。『VR×アニメ的世界観×ストーリーテリング』に強みをもち、唯一無二のVR書籍体験で人々の行動を変えていく、MyDearest株式会社代表の岸上健人が信じる“テクノロジーの優しさ”とは?
目次
弱い自分と向き合う方法を、人はどこから見つけるだろうか。
容姿、性格、学歴・・・他人から見れば取るに足らないことでも、嫌でたまらない自分の一部分。そんなコンプレックスの塊だった自分を、一つの少女漫画が変えてくれた。世界の見え方が変わると、行動が変わる。行動が変わると、人生が変わる。たとえ凍える寒さのなかにいたとしても、いつか雪がとけ、春がやってくる。そう、誰の心にも。
“VR元年”と呼ばれた2016年4月、MyDearestは創業した。開発中のVRコンテンツ「FullDive Novel(フルダイブノベル)」は、VR技術とライトノベルを融合させ、まったく新しい没入体験を創り出す。
代表の岸上氏は、孫正義社長の講演に感銘を受け、新卒でソフトバンクに入社。年度ごとに下位10%が退学になるという難関の後継者育成機関、ソフトバンクアカデミアにも内定者時代に合格し、入校を果した。エンターテイメントとVRをはじめとするテクノロジーの力を信じてやまず、一年後には起業。それは、ほかでもない岸上氏自身が、アニメ・ゲーム・漫画・ライトノベルなど、いわゆるオタク文化のエンタメ作品に救われてきた過去があったからだ。
「基本的に僕も強い人間じゃなかったというコンプレックスがあるので、強い人間のためのものを作るつもりはないんです。常にその現状を変えようとする人たちのための何かを作りたいと思ってます」
VR業界と、日本のオタクコンテンツの未来を切り拓く、岸上氏の思いに迫る。
国内外でVR業界の担い手たちに絶大な影響を与えたライトノベル『ソードアートオンライン』。そんな影響力のある作品を世の中に増やしたい、そして、行動を起こす人を増やしたいという思いが、岸上氏にはある。
「『Pinterest(ピンタレスト)』ってあるじゃないですか。PinterestってSNSじゃないんですよね。基本的にデザインのブックマークツールで、そのデザインを見た人が、次に行動起こすきっかけを作るのがPinterestなんです。未来の自分のために使う、行動を起こすまでがPinterestらしいんですよ。僕らの作るエンターテイメントもそうであってほしいんです」
誰よりも岸上氏自身、これまで数々の作品を見て行動を起こしてきた。そんなエンタメ作品は、良い意味で理想があふれている。それを見て「こんな世界があったらいいな」と、普通の人は思う。しかし岸上氏の場合、「こういう世界を創ろう」と考えた。
「なんでいまVRで娯楽作品作ってるかというと、どうしても三人称だと思うんですよ、本で読むとか、アニメ観るとか。でもVRにすると一人称になるんですよね。視点が主観になるので。より自分事化できると思ったんです。より自分事になったら、より行動するんじゃないかと思って。憧れでとどまらないと思ったんですよ」
作品の世界観を疑似体験すれば、背中を押すだけでなく、背中を蹴り上げるくらいのインパクトを与えられるのではないか。人の行動をポジティブに変えるようなエンタメ作品の力を強くしたいと考えた。
同社が発売中の美少女ADVゲーム『School of Talent: SUZU-ROUTE』
http://store.steampowered.com/app/573040/School_of_Talent_SUZUROUTE/
VRは人の行動をどう変えるのだろうか。「VRで人は優しくなれる」と、ある開発者は語ったという。
「テクノロジーを通じて人は優しくなってきた歴史があるって、その開発者の方は話されたんです。昔は、日本でも世界でも拷問とかがエンターテイメントだったらしく、いまと比べ人はかなり残虐だったらしいです。でも活版印刷というテクノロジーが生まれて、人がいろんな人の気持ちをわかるようになったと」
現代のTwitterが人種や年齢を超えて人々の感情を浮き彫りにしたように、人間はそこから多様性を学んだ。人類の歴史がテクノロジーを通じて優しくなってきたという、一つの仮説だ。
「確かにって思って。つまり、テクノロジーの進化によって、より自分事にされてるんだなって思いました。で、そのなかでも最も自分事化しやすいツールが、すべて世界観に没入させるVRだと考えたんですよ」
物語の主人公の視点で360度世界を見ることによって、深い感情移入が生まれる。自分ではなく他者の視点を知ることにより、人は寛容になり、優しくなっていく。VRにより拡張された体験が、人々を勇気づけ、背中を押す。MyDearestは、そんな世界を現実にしようとしている。
海外ブランドの小売店を経営していた父は、子どもから見ても変わっていて、かつわがままな人物だったという。勝手気ままな経営者だった父、何でもできる姉、その一方で、勉強もスポーツも何もできなかった自分には劣等感があった。
「自分にはたぶん何もできないなっていう、コンプレックスの塊だったんです」
アニメや漫画といったエンタメ作品には、常に救われ続けてきた人生だった。小学生時代、『フルーツバスケット』(白泉社出版)という一つの少女漫画と出会う。“優しさ”がテーマの作品だった。
「たとえば『自分を好きになるってどうすれば良いんだろう』っていう男の子がいるんですよ。『自分が嫌いで仕方ないのに、自分を好きになれって言われても好きになれるわけがない。でも本当は、誰かに好きって言ってもらえて初めて自分のこと好きになれるんだと思う、彼女がそれを教えてくれた』っていうような台詞があるんですよ」
学校ではいじめられ、人生に希望を見いだせていないような子どもにとって、あまりにも心に突き刺さるような言葉がそこにはあった。
「確かにそうなんです。自分を好きになるなんて無理なんです、コンプレックスの塊なんで。でも誰かに好きって言われて初めてそう思える、っていうような漫画に出会って、コンプレックスとの向き合い方に初めて触れるんですよ。そこから僕は前へ動き出せたんです」
一つの作品の優しさが背中を押してくれたおかげで、行動を起こすことができた。VRで人間の本質に向き合いつづける岸上氏の原点が、そこにはある。
Photo by HAMZA BUTT – Women lost in VR (2017) / Adapted.
徳島県の片田舎で生まれ育った岸上氏だったが、大学は東京に出ていこうと決めていた。コンプレックスのある自分を変え、周りを見返そうという思いもあった。しかし、高校生のとき父の事業が傾き、上京するためには自分で学費を工面しなければならなくなる。大学時代は苦学生だった。
「ドルチェ&ガッバーナやポールスミスとか、徳島で高級ブランドのアパレルを起こしたのが父親だったんですよ。一世を風靡してバブルで大もうけした人間でした。財布にはブラックカードが入ってて、自分が儲かったころの話をされたときに僕は怒ったんですね。こいつあほだと。大学進学をむかえる、いまの僕の学費はないじゃないですか。ふざけんなよ、残しとけよって(笑)」
父は好き勝手に行動するわがままな人物だったが、事業は拡大していた。しかし、次第に父の事業はIT化の波に飲まれていく。ITに疎く苦戦する父の姿を見てきた岸上氏にとって、その先端であるVRの世界にどっぷりと浸かっていったことはある種必然だった。
「父親は本当にワンマンだったんですけど、僕は割と助けを請うんですよ。僕がこういうことをやりたいけど、(一人では)できないからみんなを集めた会社なんですよ。僕より優秀な人を集めた。MyDearestという会社は、すごい才能あふれるメンバーで固まってるんです」
“一人でやらないIT”それは、父親の背中を見てきたからこその選択だ。
「反面教師ですね。商売で自分のわがままを突き通してきて、良くなったりダメになったりを繰り返してたんで。でも、そのくらいわがままじゃないと商売なんてできないんだなとも思いました」
父の成功も失敗も間近で見てきたからこそ、ときにわがままに、ときに「根拠のない」と言われるほどの自信をもって、自分の信念を貫くことの大切さも実感してきた。仲間とともに創りだす“VRが当たり前になる未来”、その実現を誰よりも信じている。
東京に来た当初は、国連を目指したり、国際協力を行う意識の高い仲間と行動をともにしたこともあった。
「ついていけなかったんですよ。周りはリア充で優秀な人ばかりで。僕は所詮オタクなので、僕にはやっぱり意識高いリア充になることは無理だって思いました(笑)。全然ついていけない、心をひらけなかったし、全然ふられた仕事とかもやる気がしなかったんですよ。すべてが合わなかったんです」
一方で、大学三年生になって入った国際経営学ゼミで『Harvard Business Review』に書かれているような本格的な経営理論を学んでいくなかで、ビジネスへの関心は高まっていった。
国連や国際協力も、確かに世界を良くしているかもしれない。しかし、世の中にお金を生み出せば、極論1億円あれば、現状をすぐ変えられるのではないか?
「親が商売人で、父親が超わがままで、商売で自分のわがままを突き通してきて。こんな異常な人生は無理だと思ってたんですけど。でもふと、あの父親を見てたから、自分は普通の社会人にはなれないなとも思ったんですよ」
結局、一度就活をやってみて残ったのは、「起業」という選択肢だった。
起業直後に出会った、現在岸上氏の師匠でありライトノベルのカリスマ編集者である三木一馬氏。新卒で感銘を受けた孫正義社長。ソフトバンク内定者時代に出会った天才的に優秀な共同創業者。それら数々の偶然の出会いも、いまにつながっている。
「ほんとに幸せですね、運が良かったと思います。でも運が悪いと思ってたらやめてますよね。たぶん起業する条件って、自分は運が良いと思ってるかどうかぐらいだと思いますよ」
過去のコンプレックスをバネに、未来をつくりだす岸上氏。運をつかむ力は、ほかでもない自分自身が行動を変え、未来を変えてきたことで培われている。
VR体験に欠かせないヘッドマウントディスプレイ。いま購入している人たちは、もともとVRに興味関心を持っていたニッチ層がメインだ。
「いま、『VRのハードは重いしダサいし、だからVRは普及しない』って批判する人がいるんですよ。そんな人に対して僕はよく『なんでこれでハードの進化が止まるんだよ、そんなわけねえだろ、将来のデバイスははるかにスマートで軽くなって、それこそが普及するんだ』って思うんですよ。・・・まぁ僕は、いまのデバイスもスタバでつけますけどね、全然普通に。ゲーミングPC開いて、美少女レンダリングしてるんですよ、スタバで(笑)」
新しいもの好きの父親に連れられ、初代iPhoneを購入した経験があるという岸上氏。当時は田舎だったためソフトバンクの電波もうまくつながらず、電源は少ししかもたない、アプリもほとんどない、完全に使えない代物だったという。いまではiPhoneは、私たちの生活の中に「あるのが当たり前な存在」となった。
VRもそうなっていくと考えられている。「網膜投射」という技術の開発が進んでおり、目に直接映像当て、何%当てるか次第で、VRにもARにもなるという。100%ならVR、10%ならARという具合だ。
「AR・MR・VRが全部一つになっていきます。そこを見越して言うと、ARとしては普通に使うと思うんですよ、みんな。眼鏡型のデバイスで。眼鏡型ほどスマートで軽いと全然スタイリッシュですし、そうなると(VRも)もっとバーンと伸びてくると思います」
iPhoneが世に出たときも、製品は完璧ではなかったし、その魅力は一部の人にしか理解されなかった。いまでは当たり前の、身につけるテクノロジー「ヘッドフォン」も、当初は身体の危機が語られていたという。
「『(VRもダサいとか、目がこんなに囲われて危ないとか言われるけど)それでも観たいものがあれば使うよ』って。僕はそれがすごくわかるなって共感したんです」
数あるVRコンテンツのなかでも、文字主体のコンテンツにこだわるのには訳がある。
現在のVRはジェットコースターのようなものだと、岸上氏は語る。大きなインパクトがあり、刺激的で、非常に楽しい。しかし、ジェットコースターに毎日乗りたい人は少ない。たいていの場合、1回で疲れてしまうだろう。
「スポット的にすごく楽しい!っていうのが、いまのVRの段階で。でもそれはある意味楽しすぎるから、ドーパミン出すぎて飽きるんですよね。だからこそ、それをなくそうと思って、文字にして情報量を減らしました」
360度すべて、VRはただでさえ情報量が多い。文字に意識を向けさせ、あえて刺激を減らすことで、日常的な没入体験を促す。VR書籍というジャンルを打ち出す企業は、世界でもほかにない。
「逆張りなんです。VR空間内に浸っていたいって思わせたいんですよね。VRすげー楽しいというよりかは、浸っていたいと思わせたい。ずっとVR使っていたいって思わせるために、文字にしたっていうのがあって。普通みんな情報量増やしてVR刺激を上げようとするんですけど、それはお金がある企業のやり方だと考えています」
将来的には作品を連載形式で配信していきたいという。VRが日常に溶け込み、親しまれる存在となる日は意外と近いかもしれない。
Photo by Pargon – Virtual Reality Headset Prototype
1968年、Ivan Sutherlandによって率いられた研究チームによって創られた最初のVRプロトタイプ。
「FullDive Novel(フルダイブノベル)」の先に描くのは、VRコンテンツでのIP創出だ。
MyDearestの強みは、コンテンツ制作において、ストーリーからプロダクトの開発という上流から下流まですべて内製できることにある。プログラマー集団であるVRスタートアップは多いが、同社の場合はプログラマー、音楽制作、3DCG、UI/UX、キャラクターデザイン、編集と、必要な人材がすべてそろっている。
「僕らはプラットフォーマーになりたいと考えていますが、ちゃんと自社IP抱えるのってすごく大切だと思っていて。最近よく単なるプラットフォームが増えてるなって思って。他人のふんどしでやっているだけの形の。場所だけ提供しようとするプラットフォームが増えても、コンテンツクリエイター側には魅力がなくて。そのプラットフォーマー自体が魅力的なコンテンツを作れるということがもの凄く大切なことなんじゃないかと考えています」
いかに自分たちで流行るコンテンツを作り、そこに集客してくるか。そのうえでIPを基軸にした音楽ライブや、VRゲーム、VRイベントといった、IPビジネスを構想しているという。MyDearestが紡ぐ物語は、まだはじまったばかりだ。
「たとえば、超リア充で人生華々しくて、超お金持ちの人が書いたものを読みたいと思いますか。思わないですよね。その人は夢とか書けないですよね。渇望が、ドラマが、必要なんですよ、人生」
コンプレックスがある人が作った物語の方がおもしろいと、岸上氏は語る。
あなた自身の物語はどうだろうか?
The people imagine, it is sure people can be realized.
人が想像することは、人が必ず実現できることだ。
―Jules Verne
エンターテイメント、娯楽作品は未来を描いてきた歴史がある。そしてその描いた未来を人間は現実のものとしてきた。
かのサイエンス・フィクションの父ジュール・ベルヌは、科学の知見をもった小説として『月世界旅行』『海底二万マイル』など未来を描き、人々に夢と希望を与えた。
未来を描いてきた日本人の一人に手塚治虫も挙げられる。たとえば『鉄腕アトム』では21世紀の未来を舞台とし、「善悪を見分ける電子脳」「世界中の言葉を話せる声帯」「自動ドア」などを描いた。いずれもいまでは、人工知能、翻訳機などの姿で実現しはじめている。(自動ドアに至っては「近未来」のものでなく、意識されないほど当たり前のテクノロジーとなっている)
手塚治虫は裕福な家庭に生まれ、新しいもの好きの父の影響でカメラや漫画のある環境で育ってきたという。小学生の頃はいじめをうけ、その反動からか漫画を自作し、それが高い評価を受けた。そこから学校内で一目をおかれる存在となったことが、漫画を精力的に描く一つのきっかけとなったという。
また、自らの戦争体験を踏まえながら、子どもたちや孫の先の世代までのことを想い、漫画を描いた。“世の中が戦争に向かうべきではない”というメッセージが添えられた漫画は、多くの人に勇気を与え、背中を押す存在となった。
信念をもって未来を思い描き、「漫画」の世界のみならず、現実の世界にも影響を与える存在となった手塚治虫。意外とわがままな一面も、ドラマなどでは語られる。周囲からわがままと言われるほどの信念を持っていたからこそ、考え、創りだすことができたものがあるのかもしれない。
岸上氏も、そんな信念をもつ人物だ。「VRが人々の背中を蹴り上げる存在となり、行動する人々が増える」その強い思いが、未来を実現する鍵であることは間違いなさそうだ。
VRが私たちの生活に溶け込む日は、すぐそこまで来ているのかもしれない。
MyDearest株式会社 岸上健人
代表取締役 CEO
徳島県出身。慶應義塾大学卒業。孫正義社長に魅せられソフトバンク株式会社に入社。同時にソフトバンクアカデミアへの入校を果たす。大学時代、同室の寮生から毎晩VRについて語られていたことからVRの世界へ没入する。大学4年生のころにVRで起業したいと思うようになり、ソフトバンクを1年で退社した後、同社を設立。師匠(同社アドバイザー)はコンテンツ業界の超敏腕プロデューサーである三木一馬氏であり、コンテンツのプロデュースや物語つくりについて日々学んでいる。