Focus On
西岡恵子
株式会社cotree  
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or美味しさだけでなく、食べた人に特別な余韻を残すチョコレート。『Minimal –Bean to Bar Chocolate-』は、農家の思いや努力がつまったカカオ豆からつくられ、生産の背景にあるストーリーを思い起こさせる。2016年には、世界最高峰のチョコレート品評会で銀賞を獲得するほど、その味は世界に認められている。
ITベンチャー企業から、地方創生に貢献する社団法人立ち上げなどを経て、現在Bean to Bar Chocolateのブランディング・企画・顧客コミュニケーション・広報を手がける『Minimal(株式会社βace)』の共同創業者・取締役COOを務める田淵康佑。彼が大切にする、「主観で生きること」の本質とは?
目次
4.おわりに
そのチョコレートを食べた瞬間に、あなたの心に浮かぶものはなんだろうか。
赤道直下でカカオを栽培する、見知らぬ農家の人々の日に焼けた顔。良質な豆を探しもとめ世界中を巡り、独自の製法で素材の良さを表現するチョコレート職人。ものごとには背景がある。一欠片のチョコレートが、それを思い出させてくれるのだ。
「Bean to Bar(ビーントゥバー)」というチョコレートの製法がある。豆の選別・仕入れから加工・製造・販売までのすべてを一貫して手がける、新たなチョコレートづくりのスタイルで、数年前に米国ニューヨーク・ブルックリンにある1軒のチョコレート屋から徐々に広がりをみせている。市販のものと違い、一枚一枚手間暇かけてつくられるそれは、カカオ本来の味が強く印象的なチョコレートに仕上がる。
そんなBean to Bar Chocolateのなかでも、日本では先駆的存在となるのがMinimalだ。2016年11月には、世界最大級のチョコレートコンクール「インターナショナル・チョコレート・アワード」で銀賞を受賞するという快挙を果たし、世界最高レベルのクオリティであることが証明された。それは従来のチョコレートとは一線を画す、新しい「文化」とも呼ぶべき存在だ。
創業メンバーの一人であり、取締役COOを務める田淵氏は、ITベンチャー、行政との社団法人立ち上げによる地方産業創生など、地域振興とビジネスの双方を経験してきた。
「自分たちがやりたいこと、つまり本当に美味しいものをつくりたい、文化をつくりたい、でもビジネスも必要、やりたいこともやらなきゃいけないことも山積みというなかで、長短でどう目標を立てて、やるやらないを決めて、バランスをとっていくか。そこがおもしろいんです」
新しいチョコレートの文化をつくる、田淵氏の思いと背景に迫る。
チョコレートは大量生産の歴史からはじまった。大航海時代ヨーロッパでの大流行。その需要を支えるため、アフリカやアジアの植民地に植えられたカカオが、現在のカカオ農家につながっている。
砂糖とミルクを入れれば完成。そもそもカカオの味がどうこうという発想は、これまで農家にはなかった。
「どうやって安く仕入れて、低管理のカカオを美味しいチョコレートに仕立てあげられるかという製造業者の技術と、量さえつくっとけばいいでしょという農園側の思いで、チョコレートはずっと走ってきていたんです」
農家は生活のために生産をしている。ある日たまたま、新たに持ち込まれたものを栽培しているだけで、チョコレートというものを知らない農家さえいる。
「そうではない農家も、ごく一部います。たとえば、いま付き合っている農家さんは大手からも買いたいという話はくるけど、大手さんに買われるのって生活の安定では意味があるけど、それ以上の意味はないよねと。大手だと『Aさんの名なんて出ない、原材料のほんの一部としてのカカオ』、でも僕らMinimalと付き合うと、『A国A農家Aさんの豆でつくったチョコレートです、美味しいでしょ』と言ってくれるよねと」
Minimalでは、きちんと信頼関係を築いた農園とだけパートナーを組んでいる。彼らはプライドをもって、カカオを育てる。世界中で一般的になっているチョコレートだが、それが製品になるまでの背景には、知られざる深いストーリーがある。
質の高いカカオからつくられた、とびっきりのチョコレート。それがつくられた背景まで、きちんとストーリーを消費者に届けることで、消費者のチョコレートの受け取り方を変える。
「基本的には『美味しい』『楽しい』でいいんですけど。カカオって実はこうやってつくられてるんだとか、実はこういう大変さがあるんだとか、つくり手によって味が違うのは何でだろうとか。楽しい文脈のなかにも、少しだけ産地のことを理解する瞬間が生まれればと思うんです」
Bean to Bar Chocolateの価値観が受け入れられ、流通量が増えることで、手間暇かけてつくられたカカオも大量購入されるようになり、物流コストが下がる。「良いカカオをつくる」という栽培の努力に見合う見返りが得られるようになれば、農家の意識が変わる。こだわりをもってカカオを生産する農家が増えれば、より多種多様な美味しいチョコレートが世に広がる。
理想として描くのは、生産者と消費者、片道一方通行の関係ではない。生産者・製造者・消費者をめぐり、幸せが広がっていく正の循環関係だ。
「そこに僕のやりたいことがあったんです。生きているうちに、新しいカルチャーをつくろうっていう挑戦ができるタイミングって、そんなにないじゃないですか」
それぞれの人生のなかでチョコレートのもつ意味が変わり、農家と製造者と消費者の生き方が変わっていく。「みんなにとって幸せ」なモノづくりのあり方を追求した先にあったのは、チョコレートが生活を彩る新しい文化だった。
山口県の片田舎という狭い世界で育ち、広い世界に興味をもった。知らないことを知るのがおもしろい。興味をもったら行動する習慣が子どものころからあったという田淵氏。
「見たことがないものは見たい。食べたことがないものは食べたい。子どものころは、『世界ふしぎ発見』のレポーターになりたいって思ってたんですよ。ほんとに子どものころ。あとから女性しかなれないって気づいたけど」
知的好奇心が満たされる勉強や読書、とくに英語や経済の本が好きだった。ある日、学校の図書室で読んだ偉人伝は、それまで「大人」といえば父親の背中くらいしか見ていなかった田淵氏に、生き方の手本を教えてくれた。
「やりたいことを見つけて叶えていくんだ、人間ってそういうものなんだっていうのが分かってきたんです。自分の思ったことを、きちんと世の中にパフォーマンスを示して実現していくのが格好いいなって」
そんな子ども時代を、母はいつも応援してくれていたと、田淵氏は語る。母は、夏休みの家族旅行を一人ですべて手配したり、若いころはバックパッカーとして旅をしていたり、とにかく自分がこうしたいという意思をもって、それを行動に移していく人だった。
「主観で生きること。いいな、やりたいな、おもしろそうだなと思ったことは、とりあえずやってみて、実際はどうなのか、本当に心からやりたいことなのか、自分が何か役割を果たせるのかを探すことが、僕のモチベーションにとっては何よりも大事なんだろうなと思ってます。逆に、社会一般論的な流れに従って生きるのは薄っぺらく感じてしまう。自分を幸せにする責任は自分にあるし、自分が幸せな方が周りの人や世の中にも何かを提供できる」
だからこそ、田淵氏は主観で語れる生き方を選ぶ。自分にとって価値あることを、いくつもの挑戦と失敗の繰り返しによって見つけながら。
知らない世界を知ることがおもしろく、中学校まで勉強は大好きだった。しかし、高校でそれがつまらなくなったのは、純粋に興味の対象だったものが、試験や受験で良い点を取るための道具になってしまったからだ。何のために?そんな疑問に答えが出なかった。
「たいして勉強しなくても、一夜漬けすればトップになれた。つまんない授業やっといて順位とか点数とかなんなんだろうと。じゃあ一夜漬けで点が取ればいいやっていう勉強になっていったんです。いまになれば教養とか思考プロセスとか大事ってわかるのでもったいなかったし、僕自身も流されていただけだなって恥ずかしいのですが」
自分の興味の範囲内にあることは行動に移してきた。しかし、次第に関心の対象は変わり、より大きなものへと移っていった。
「周りに推されて体育祭のダンス団長をやったときに、これはおもしろいと思って。環境を与えられるよりも、自分が何かをこうしたいと思ったときに率先してやるとか、そこに人がいるときに巻き込んでやるって、こんなにおもしろいものなんだなと感じたんです」
周囲を巻き込んで事を成し遂げる楽しさを知った。気づけば大学入学後も、サッカーサークルの副代表として、「チームが」楽しくなるよう自ら奔走していた。
「自分がいる組織がダサいって悲しいじゃないですか。パフォーマンスよりも考え方が大事で、目標があって、がんばっていて、達成に近づいてるかどうか。人から見られて恥ずかしくなく、正々堂々と『僕らはこういうことやりたいからやってます』という組織がいい」
就職活動で選んだ企業は、モバイルで人々を笑顔にすることを理念に掲げるITベンチャーだった。
「みんな自分でやりたいことがあって、モバイルであれなんであれ、目的意識がある。いままでなかった何かを提供しようと。それに対してがんばっている。自分とクライアントと自分のチームのために『ネアカ』な感じの人たちが必死に働いているのが、楽しく見えたんでしょうね。ITとかテクノロジーのことは分かっていなかったけど、モバイルがあれば人も企業もハッピーみたいなビジネスができるんだね、それを本気でやろうとしている人たちがいるんだねってことに興味をもった」
モバイルがあれば、今まで世になかった価値で人を幸せにできる。自分だけでなく、「みんなにとって幸せ」。田淵氏にとって主観で生きる道が、そこにはあった。
自分の発する言葉が、上っ面ではなく主観で、本当に心から思っている言葉なのかどうか。一個人だけでなく、周囲にいる人、そしてまだ見ぬ人々までも主観で語り、そこにいる意味を生みだす。「みんなにとって幸せ」とはそういうものである。
起業、Minimalにつながる思いのはじまりは、故郷である山口県にあった。地元産の野菜は、その土地の八百屋で売られ、その土地で消費される。いわゆる地産地消が当たり前だった場所に、大型のスーパーマーケットができた。他県の野菜が流通するようになり、地元でつくられる野菜が余るようになった。
「『地元の農家も八百屋ももっとがんばってよ』と。野菜だけじゃなくて、街がどんどん寂れてシャッターが目立つようになって。この人たちのためにどうしたらいいのかなと考えたときに、最初は地域再生とか、行政のプロジェクトで町興しをどうするという思考だったんです」
だからこそ、沖縄で行政のプロジェクトとともに社団法人を立ち上げ、地方産業創生に携わることにもつながった。(もしその話がなかったら、大学で街づくりを学ぶつもりだった)しかし、最終的にたどり着いたのは、行政や仕組みや支援ではないアプローチだった。
「行政と民間の力を使ってどうするかという発想でいたんですけど、考えてるうちに、逆の思考もあるなと思ったんです。行政とかインフラも大事だけど、それよりも消費者のものの見方が変わる方が、世の中きっと変わるんじゃないかって思って」
ビジネスでありながら、さらに人に何かを感化できるようなものがあれば――そんなときに出会ったのがMinimalの構想だった。
たとえば、いつも同じ値段で、店頭に並んでいる食べ物の数々。便利になった代償に、私たち消費者はつくり手である農家への感謝や、苦労を理解する心を失ってしまった。
「どこかで台風があっても雨が少なくても何が起きても、コンビニのおにぎりって120円じゃないですか。誰か困ってるはずだけど、買い手には嬉しいことに、おにぎりは絶対あるじゃないですか。その割に感謝の気持ちってあまりない。子どものころは田舎のばあちゃんの米をもらってたので絶対に残さなかったけど、コンビニだったらまぁいいかと残していた自分がいたんです」
当たり前のように残され、廃棄される食べ物の背景にも、つくり手のこだわりや苦労があるはずだ。普段は他人事で、何か不都合が起これば、責任はつくり手に押しつけられる。それは「みんなにとって幸せ」な状態とはほど遠い。
2011年、原発事故で多くの農家が被害を受けたとき、どれだけの人がそれを自分事でとらえることができただろうか。その原発からのエネルギーの恩恵を受けていたにも関わらずだ。
「これって、物事の事象の背景を理解しようとする気持ちだったり、『何かしら関与している』とか『自分事だ』という感情が追いついてない。より良くなりたいけど、しわ寄せは来てほしくない。しわが出ると初めて『不安だ』『何でそんなことに』と思うけど、消費者自身の消費の選択の積み重ねが流れをつくって影響を与えているという因果を理解しない限り、売り手側だけ変えても意味がない」
Aが無いならBにすれば良い、Aに何が起きたかなんて知る由もない。いま目の前にあるこれが、顔も知らない誰かのおかげだという気持ちとリンクしにくい。
「世の中が何を価値として消費するかを改めて考える。かつ、その範囲(価値の因果)を大切にする。そうでないと、(消費者は)どんどんわがままになって、どんどん要求していく。長期的に見れば、きっと歪みは生まれていくものだと思います」
だからこそ、買う側、お金を使う側の意識が変わる方が、世の中は変わっていく。
売れているが良くないもの。売れていないが本当は良いもの。Minimalの共同創業者で代表の山下氏は、後者がきちんと売れるようになればという思いをもっていた。山下氏がBean to Bar Chocolateに出会ったのは、そんなときだったという。
素材を活かすMinimalの発想は、日本食の調理法に通じている。カカオと砂糖という最小限の原料からつくられるチョコレート。添加物で味を「足し算」するのではなく、「引き算」でカカオ豆本来の深みを引き出す。
「山下もバックパッカーで世界をまわったり、前職でもグローバルな案件にも関わっていました。そういった経験を経た結果、一周して日本は素晴らしく、『日本人のきめ細かさ』という強みを活かした価値を世の中に提供するビジネスができたらとも考えていました」
素材の良さを活かす「きめ細やかさ」という強みをもつ日本で、素材で勝負するBean to Barは、「売れていないが良いもの」だった。
一方、同じく共同創業者で職人の朝日氏は、イタリアの三つ星レストランで働き、素材の成分や活かし方を理論的に学んできた。イタリアワインのソムリエや、コーヒーのバリスタの仕事にも精通している、まさに素材のプロフェッショナルだ。カカオという素材を理解し、再解釈して表現する。
「『一緒にやらない?』という話をもらったとき、僕からすれば全部がつながる話だったんです」
Minimalは自分たちのブランドの確立よりも、チョコレート業界自体の可能性が広がっていくことを願う。ワインやコーヒーといった嗜好品が広く愛されるのは、ひとえに世界中にたくさんのつくり手がいるからでもある。産地ごと、つくり手ごとに違った魅力があり、選択肢が増えることで、奥深さへの興味関心や、好みの味を探す楽しみ、そして出会いの感動が生まれる。産地・製造者・消費者にそれぞれのストーリーが伝わり、幾重にも重なり広がっていく。
「Minimal –Bean to Bar Chocolate-」新たなチョコレートのストーリーがここから紡ぎだされ、新しい文化となり、「みんなにとって幸せ」な未来が創られていく。